So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

栃木県交響楽団 第92回定期公演 [コンサート記録]

しばらく間が空いてしまいましたが、一応行って来ました。

IMG_0299.JPG

曲目:
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「死と変容」、オーボエ協奏曲
シューマン:交響曲第一番 変ロ長調「春」
アンコールは不明・・・

今回は珍しく二階席を選んで聴いてみましたが、全体的に良好なコンサートでした。
少し聞こえる音に関して違和感がありましたが・・・いつも一階席なので。

実はシュトラウスはほとんど馴染みがないのですが、中々楽しめて聴けたと思います。
一方のシューマンの方はというと、雄々しかったです、時々ベートーヴェンかと思うくらいに。
ただ殊にシューマンに関しては派手過ぎてもいかがなものかと思いましたのでそこが少し残念。
正直に言えば大浦さん/栃フィルが衝撃的だったのもあります。
指揮者や楽団によって多種多様なアプローチの仕方は聴き込まないと分かりませんね。

残念ながら2月の気になるコンサートはなしです・・・
結構日が経ってしまったのであまり委細を尽くせないのが残念ですが次回は頑張ります。

とちぎ文化フェスティバル2012「楽器たちの饗宴」 [コンサート記録]

みなさまこんばんわ。遂にやってきましたこの日が。
午前中はテニスサークルで頑張ってきたものの、まだ腕に自信がない状況で中級者の輪に入る事になりましたが生きた心地がしませんでした(笑)惨めなものです。
なんという実力の差!竹やり一本で戦車を倒せと言われても敵うはずがありません。忍者なら倒せるかもしれませんが。

しかし今日の目玉はなんといってもこれ!という訳で車の中で着替えて何とか間に合うことができました。
という訳でできる限り委細を尽くして参ります。長文になります。

IMG_0297.JPG

栃木県総合文化センター開館20周年記念事業の一環で一流アーティストによるリレーレクチャーコンサート。

トータルコーディネータ:朝岡 聡
1.菊池 洋子(ピアノ)2.徳永二男(ヴァイオリン)3.吉野直子(ハープ)4.高木綾子(フルート)
栃木県総合文化センターメインホール

まずはピアノから解説していきます。

壇上には2台のピアノが存在。黒と茶。それだけではなく茶色の方が足が華奢で小柄。
モーツァルト弾きとしての顔を持つ菊池さんが解説したモーツァルトの時代のピアノ・・・という解説からああ、フォルテピアノかと判断できたのは僥倖でした。
フォルテピアノの音色は以前のショパンで聴いてすっかり虜になったのですが(http://mirror-channel.blog.so-net.ne.jp/2011-09-08)、まさかかのフォルテピアノを生で聴けるとは!

モーツァルト:幻想曲ハ短調K.475
こちらはフォルテピアノで演奏。

次もモーツァルトのピアノソナタ第8番イ短調K.310 第一楽章
こちらはなんと、フォルテピアノとモダンピアノと二度同曲を演奏してくださいました。
モダンピアノの音量に観客からは一瞬ざわめきが。実際神経が逆立ちました。

最後も同じくモーツァルトのピアノソナタ第10番ハ長調K.330。こちらはモダンピアノで演奏くださいました。
出だしから普通のリサイタルでは実現しがたい貴重な経験でした。

因みにフォルテピアノとは、タッチの強さを調整する技量がいるらしく、チェンバロから派生した名残か黒鍵と白鍵の色が逆だったり、ペダルがつま先ではなく膝で押し上げるような仕組みだったりとまったく違うらしい。
上記の参照URLではレプリカで写真を見ると白鍵は白鍵の色でしたのであのフォルテピアノはオリジナルだったのではないか・・・

古い楽器には古い楽器なりの良さというのを堪能させていただきました。豊かな表現力と緻密なタッチが加味されて一曲一曲を色濃く表現されていく様は現代の楽器にはない一つの特徴で演奏家の一種の到達点なのかもしれません。そしてその意味は次のヴァイオリンで明らかに。

続くヴァイオリンでは徳永さんがヴァイオリン二艇を持って登場、さらにモダンピアノが壇上に。
ピアノは林絵里さん。

始めにヴィターリのシャコンヌ ト短調。
パンフレットをもらって曲目リストを見てまず目に飛び込んだプログラム。
まさかの初期バロック時代のイタリアの作曲家ではないですか。
それを1696年のストラディヴァリウスで演奏。
淡々と書き連ねていますがまさに一流、楽器から既にこだわりが垣間見えています。

続いてサン=サーンスの序奏とロンド カプリチオーソ イ短調。
こちらも1696年のストラディヴァリウスで演奏。

次にさきほどのヴィターリの冒頭をストラディヴァリウスとそれより新しいヴァイオリンを弾き比べしていただけました。
同じ演奏家が同じ曲を違う楽器で演奏するという機会はあってもそれを生で聴ける機会はありませんが、あまり違いが分からなかった。
一つ言えば、新しい方が綺麗にまとまりすぎて抑揚がない、と言ったところでしょうか。
徳永さん曰く、新しい方は表現力に乏しいんだとか。
つまり演奏家はこの曲でこの部分をこんな音で出したい、という欲求を叶えるためには名器や古楽器を使った方が望めることが可能で、演奏家がその楽器の持つ力を引き出してやらねばならない。
かといって最新の楽器がダメという訳ではなくて、その名器や古楽器で思い通りの音を奏でられた後に逆に楽器に教えられ、最新の楽器でそこをどうアプローチをし出すか、という経験がうまれるんだそうな。

楽器を持ったことのない私にはあまりピンときません。しかしまさしくストラディヴァリウスは表現力に富み、変芸自在で多重の顔を持つ魅力的な名器だというのは認識できました。

続いてチャイコフスキーのメディテーションやサラサーテのツィゴイネルワイゼンを演奏してくださいました。
どうもツィゴイネルワイゼンというとオケ版がリフレインしますがピアノとの二重奏だとよく映えます。

そして時間が余ったのでということでマスネのタイスの瞑想曲がアンコールで演奏されました。
今日の演奏会では徳永さんの演奏に特に感銘を受けた人が多かったようです。
うーん、パガニーニのモーゼ幻想曲とか聴きたかったなあ・・・

続いてハープ。こちらは大中小のハープが3つ。
まず始めに名曲パッヘルベルのカノンを大のモダンハープで。音色が音色だけにウトウトしそうです。この豊かな音色と柔らかな包容力で額が汗ばんできたのは気のせいだったのだろうか。

続いて大バッハのパルティータ第一番 変ロ長調BWV.825よりプレリュード。
こちらは中にあたる「ルイ16世」と言っていましたがそれが品番なのかどうかは分かりません。
ただマリー・アントワネットが愛用していたと言われるハープのレプリカなんだそうです。
こちらの方がすごかった。やはり古い楽器というのは技術的な面にはない奥深い音色が演奏家の欲求を叶える楽器なのでしょうか。

続いてモーツァルトのピアノソナタ第15番ハ長調K.545の第一楽章。これもルイ16世で。
当時の楽器の音色と現代の楽器の音色の違いの多さにびっくりです。

因みに大のモダンハープは47弦、中のルイ16世は39弦だそうです。糸を通す穴や通気孔(ヴァイオリンでいうfゾーンにあたるところ)がモダンでは高音側に、ルイ16世では低音側にあるとの事です。小さな宮廷で少人数の聴衆(貴族)を相手にしていた当時では小型でも十分だったという事がピアノに関しても伺えます。

で、小にあたるハープがここで弾いてくれました。アイリッシュ・ハープというらしく、キーを上げ下げする変調具が各弦ごとにあるらしく、超絶技巧曲は弾けないとの事です。(上記2つの変調具はパイプで足元に計7つあるそうです)。
因みにここでは弾いてくださった曲は説明していませんでしたがグリーグの謝肉祭より からだと思います。
タン タラララン タラララララン といえば分かりますでしょうか(語彙力乏しくてすみません)

ここからはモダンハープに戻り、
フォーレ:塔の中の王妃op.110
アンドレス:アブシディオール
リスト(ルニエ編曲):愛の夢第3番
ルニエ:瞑想
ピエルネ:アンプロンチュ・カプリース(奇想的即興曲)
を演奏してくださいました。

眠気が襲ってきても硬めのシートによるお尻の痛みで身じろぎしたくなる衝動にそろそろかられてきた頃に最後のフルートが登場。こちらもモダンピアノが登場。ピアノは坂野伊都子さん。

フルートの高木さんが今回持っていたフルートは息子さんの早世によりわずか一代で終わってしまい、生産台数もピッコロ含め460本しかないと言われているヘルムート・ハンミッヒ作によるものだそうです。

最初にバートンのフルートとピアノのためのソナチネを演奏してくださいました。
実は先日のクラリネット同様あまり馴染みが薄かったので・・・しかし何と悔しいことか。
自分が知らないだけでまだまだ名曲があるんだなとしみじみ思わせてくれました。

続いて膀胱結石手術図なんて痛々しいタイトルを付けたことで有名なマレのラ・フォリア
ドビュッシーのシリンクス(パンの笛)。
このあと高木さんがドビュッシーについて少し語っておりました。
年々スコアに細かい注釈が添えられていて、それを忠実に吹かないと彼の曲に対するイメージが表現できないとか。つい気持ちよく吹いてしまいがちではあるけれども、イメージから曲を作る彼の作風を表現するにはしっかりそのスコアに忠実に表現しないといけないらしい・・・私は残念ながらドビュッシーどころか近代はあまり聴いていないのですが・・・

朝岡さんの「どうしてそんなに息が続くの」と言われエラがあります、とか肺活量が1万あります、またそれはウソです、と言って笑いを誘っていましたところがなんとも微笑ましい。さすが演奏家の枠を超えたエンターテイナー。
このあと何と循環呼吸をお披露目。口の中にある空気で息を吹きながら鼻で呼吸する技術らしい。
1~2分の間に14回も空気を吸っていたらしい。この状況を見て師匠はこれ出来るのかなと考えてしまいました。

最後にプロコフィエフのヴァイオリンソナタ ニ長調op.94。
ヴァイオリンをフルートに変えての演奏でしたがなんとも斬新。

この後終わったとばかりに開場を後にした観客が結構いましたが、再度登場してアンコールにフォーレのファンタジアを演奏してくださいました。

そして演奏会は終了。1時から6時半までの長い時間、いやあ満たされました。ヴィルトゥオジティ全開の演奏会でした。こんなに長い時間クラシックを聞いたのは初めてかもしれません。この記事を書いている今も前記事のジェズアルド二巡目で、車での移動時間もブル8を聴いていたので相当な時間です・・・

しかし・・・なんと顧客の年配率が多いこと。やたら群れたがるオバサマの比率が多いこと。単独突入した若輩など一人もいない;
タダだからつられたのかは分かりませんが。
あと最悪な事に携帯電話が3回も鳴りました。ピアノで2回、ヴァイオリンで1回。しかも同じメロディー
かのNYフィルでの不祥事を思い起こす出来事でしたがいかんせん、ものすごく腹が立ちました。
だって学習機能ないんですよ?一流アーティストが無償で演奏会を開いてくださっているんです。
この地で演奏してよかった!と感じてもらえる雰囲気をなんで作らないんだと問い詰めたい。

徳永さんのリサイタル終了後に関係者が携帯電話の電源を確認してくださいと再度呼びかけておりました。
これからは値段で行く行かないを決めるのは控えた方がいいのかなと思ってしまいます。

ジェズアルド:マドリガル集 第一巻 [CDれびゅ~]

さて、久々にCDレビューを致しましょうか・・・
中々乗り気でないですし、前にも言ったとおりネタ切れなのはネタ切れなのですが。


ジェズアルド:マドリガル集 第1巻

ジェズアルド:マドリガル集 第1巻




この作曲家の曲は始めて聴く事になります。ルネサンス時代の作曲家で、帯にもある通り彼は作曲家であって殺人者でもあります。
浮気した嫁さんとその相手を殺めたが、貴族であったために求刑される事はなかった。
詳しい内容はwikiに載っているのでそちらを参照していただければ分かると思いますが、現代人の感覚では無期懲役か死刑かのどちらかが宣告される事でしょう。

しかしながら作曲された曲の題名は驚愕するほどエロい。その曖昧模糊とした人物像をどう解釈したらよいのか、私にはまだ分かりません。いつも聴いている曲とは違う意識のもと、戸惑いながら耳を傾けることもあります。

もし彼の作風のみに触れていたとしたら、作曲家の名も、罪人という事も知らないで聴いたとしたらまったく違う印象を受けていたと思います。既に手に取った時点で知ってしまった事ですし、イデオロギーが一人歩きして最大の障壁となるのは彼の罪と同様で消えることはないでしょうが・・・

少し重苦しい形になりましたが、マドリガル全曲録音の先駆けとなったナクソスからの1枚。
ジョスカン・デ・プレのミサ曲全集(レーベルはGimell)と共に集めてみたいですねえ。

宇都宮クラリネットアンサンブル 第四回演奏会 [コンサート記録]

皆様あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今更で礼儀に欠けているかもしれませんが申し訳ございません。
稚拙なブログですがもうほったらかすことがないようにしたいと思っています。

本題。
私の部署は職務上、週末の勤務などがちょくちょく変更になります。
この日もまた変更され、5、6日は13~20時だったのが、18~27時になってしまいました。
そのためか奇跡的にも行くことができました。会社までは距離があったので途中降板になりましたが・・・

IMG_0294.JPG

第一部:
メンデルスゾーン:2本のクラリネットとピアノのための演奏会用小品第一番
メサジェ:ソロ・ド・コンクール
森田一浩:サンバ・オスティナート
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ウールフェンデン:スリーダンス

第二部はクラシックではなかったので聴いていません。時間的に地元に戻らなければならなかったのでアンケートだけ書きました。
(プレイガイドに寄って宇都宮市文化会館を出て地元のラーメン屋に行って会社に到着したのは五時半でした)


どれも聴いたことがない曲でしたね。それだからか、とても新鮮に聴けた演奏会だったと思います。
馴染みの薄かった楽器のみで構成されたプログラム編成もあって、とても興味深く聴くことが出来ました。
特にサンバ・オスティナートは秀逸だった気がします。
主題が繰り返し演奏されるような形態で、クラリネットでどこまでできるか、という焦点で作曲されたそうですが、クラリネット七重奏のアンサンブルは今まで聴いたことのない未曾有の音楽であったのは言うまでもありません。オケでも吹奏楽でもない、と(うろおぼえ)解説のお姉さんが言っていた言葉の意味がよく分かります。

次の二曲はクワイヤでほぼすべての音域を持つクラリネットで演奏されました。
これはすごく斬新でしたね。自分の中でこういったものは弦楽四重奏あたりはよく聴いていてアンサンブルに対する得手はあったのですが、これほどまで惹きつけるアンサンブルだったとは・・・
一回聴いただけでもう忘れてしまったので、何度も聴きたい上記三曲でした。
箸安めにこういうリサイタルもアリかもしれませんねえ。

ある意味吹奏楽をナメていたかもしれません。自分の読みは当たっていて、やはりもう少し煮詰めて見直すべきだなと思っている次第です。

演奏者の方々は全員女性で、宇都宮のとある高校の卒業生で構成されているようです。
そのためか客層は恐らくはそのとある高校の後輩や身内などが多かったですね。
いかにも興味なさそうで、演奏中にヒソヒソしてる礼節のない奴がいるなあと思っていましたがもしかすると吹奏楽部だったのかもしれませんね。
小学生の男児や幼稚園児連れのお母様などの姿もありました。これは第二部の影響だと思いますけども。
パンフレットには未就学児お断りとは書いてなかったので仕方ないですけどね。
時折泣き咽ぶ女児の声には少し参りました。
あと参ったといったら奏者の衣装ですかね・・・・・全員女性なので、目の行き場にとても困ってしまいました。情けない話です。本来なら指先一つの動きを見ているはずが仕方なく、気に障る客ばかり見ていた気がします・・・
何か、来た目的を勘違いされそうな気がして若干滅入ってしまいました(爆)ちゃんと空気読めてたのかどうか若干ながら不安だ・・・

因みに私の他に第一部で帰られた方はちらほらいたようです。私と同じように、クラシックを聴く目的で来た人なのかどうかは分かりませんが。


とはいえ、こんな小さな団体様でも後援してくださる方がいて成り立っているようなものなので、地元の芸術家の卵を暖かく大事にして育む県の方針やスポンサーの方々には頭が上がりません。数百キロ先で補助金打ち切りで不安を煽られている方々がいるのがにわかに信じがたい。

P.S.帰りにプレイガイドによってチケットを購入いたしました。
IMG_0295.JPG

21日は夜勤明け(7時に終わります)のため却下で29日のシューマンが楽しみな定期公演と3月の東京フィルの演奏会。
震災から丁度一周年、偶然なのか、天上の被災した方々に捧げる演奏会のような形になるのではないでしょうか。不謹慎な話で申し訳ないですが、名演が期待できそうです。
この日はハンカチがないと危ないかもしれません。

指揮:井崎正浩
フルート:さかはし矢波
チェロ:宮田大

スメタナ:我が祖国から「モルダウ」
ドップラー:ハンガリー田園幻想曲
チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲
ドヴォルザーク:新世界交響曲

1月の気になるコンサート [予定]

あけまして云々言う前に整理したいと思います。
引用元になった方には迷惑な話かなと思いますし、質も低いですが、模倣させていただきますすみません。
地域は違くても志は同じだと信じています。

今年は栃木県総合文化センター 開館20周年記念ということで、来年はこちらが拠点になりそうです。

それではいきましょうか。

2012.1.7(土)
宇都宮クラリネットアンサンブル 第4回演奏会
宇都宮文化会館小ホール 13:30開場

曲目:G.ウールフェンデン:スリーダンス/茶色の小瓶
メンデルスゾーン:2本のクラリネットとピアノのための演奏会用小品第一番 他

※:うんまさか自分の誕生日にリサイタルがあるとは思わなかった。
入場料500円。それ以上の価値があるものだと信じていますが、仕事がなかったり、もしくはテニスサークル終了後に間に合えば行きたいですねえ。
なんで気になったかというとクラリネットはシュポアのクラコンくらいしか馴染みがないからという短絡的なもの。
この世界にせっかく踏み込んだのだから貪欲にいかないと。

2012.1.21(土)
佐藤しのぶ~カルメン・ファンタジー~
テノール:西村 悟 ピアノ:森嶋 英子
栃木県総合文化センターメインホール 16:30開場

曲目:ビゼー:オペラ「カルメン」より
~カルメンとミカエラ ふたりの女~
第一部:
前奏曲/ハバネラ/ホセとミカエラの二重唱/セギディリャ/間奏曲/ジプシーソング/ホセとカルメンの二重唱/花の歌/2幕フィナーレ
第二部:
間奏曲/ミカエラのアリア/カルメンの死

※:7日に行けたらチケット買おうなんて思いましたが果たして間に合うだろうか疑問・・・
今のうちに電話しておくのも一興かもしれませんね。
CDを持っていないので予習しようがないのがネック。7日の件も同じなんですが、声楽曲だとそれが如実に出てくるような・・・

2012.1.28(土)
とちぎ文化フェスティバル2012 楽器たちの饗宴
トータルコーディネータ:朝岡 聡
1.菊池 洋子(ピアノ)2.徳永二男(ヴァイオリン)3.吉野直子(ハープ)4.高木綾子(フルート)
栃木県総合文化センターメインホール  13:00開場

※:なんと入場料無料!整理券がいるので聴けるかどうかは微妙ですが・・・
リレーレクチャーコンサートということで司会もあり、内容も充実していること請け合い。
1時開園の終演予定が6時過ぎと、お尻が痛くならなければ相当得した気分になれるいい機会。

2012.1.29(日)
栃木県交響楽団 第92回定期公演
山下 一史/栃木県交響楽団 オーボエ:池田昭子
宇都宮市文化会館大ホール 13:30開場

曲目:リヒャルト・シュトラウス:交響詩「死と変容」/オーボエ協奏曲
シューマン:交響曲第一番「春」

※:おお、またもシューマンが聴けるとは!結局それだけみたいな感じなんですが・・・
シュトラウスと言われてもあまりピンとこないので、自分がまだまだ未熟であることを示唆してますね(笑)
とりあえず「春」に期待。

¥5,000(小遣い生活なので上手く分配しないといけません・・・)

2月には佐渡 裕/シエナ・ウィンド・オーケストラ←チケット売り切れだった。゚(ノд`)゚。
3月には井崎 正浩/東京フィルの演奏会があったりと、魅力的な演奏会が立ち並ぶのは嬉しい。

第4回栃木県学友協会 「第九」演奏会 [コンサート記録]

IMG_0289.JPG

プログラム:
ヨハン・シュトラウス:喜歌劇「こうもり」序曲
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調op.125

萩町 修/栃木県交響楽団
栃木県学友協会合唱団

Br:石野 健二 Bs:川久保 博史
Ms:荻野 桃子 S:高島 敦子

場所:栃木県総合文化センターメインホール

遂に来ましたこの日が!3回目にして始めての前売り券を片手に並んだ時はかなり興奮したものです。
開演40分前に着いたにも関わらず長蛇の列。県内でこういった光景が見れるとはあまり思っていなかったので列を見た瞬間思わず寄声を上げてしまいました。流石楽聖のプログラム。

実の所、ちゃんと予習しておけばよかったと後悔している次第です。前日、会社の忘年会ということも、お腹が減って眠れなかったという事も相まって第二楽章あたりは目が半開きでした…

残念なことに私は3大Bマニアではありませんが、ハンカチが欲しかったくらい感動したわけです。
あのフレーズが出てくる前と後では聴衆の態度も違っていました。雑音一つない中でのオケの一体感も、昇華していく様も、かなりの体力を要するであろうこの曲で乗り越える姿は目頭にくるものがあります。

素晴らしい一時間でした。パンフレットを見たところ、来年も演奏されるようなのでその頃にはもっと精進してマトモにレビューできるよう頑張ります(笑)

ただクラシックの歴史の中で1,2を争うほどの著名な作曲家ですから、誰かの記事でも言いましたが、理屈抜きで楽しめればいいのではないかと。
しかし一旦紐解くと多彩なカラクリが仕掛けられているのも同義なので奥が深いのも事実です。
故に彼の曲は一口に形容し難い音楽かもしれません。
知識も語彙力もないのでそれを表現する術をまだ持ち合わせていないのは少し悔しいですが。

というのも今予習しているわけなのですが(今更かよ!)、第九=合唱というイメージがじわりじわりと綻んでいくのを実感しています。

ベートーヴェン:交響曲第9番

ベートーヴェン:交響曲第9番

  • アーティスト: ヨーロッパ室内管弦楽団,ベートーヴェン,オルトナー(エルヴィン),アーノンクール(ニコラウス)
  • 出版社/メーカー: ダブリューイーエー・ジャパン
  • 発売日: 1992/11/10
  • メディア: CD


※)手元にあるのはDECCAの傘下にあるTELDECのものですが、内容は同じです。

P.S.
しかし、交響曲のレビューは下手な私…どうにかならないものか(笑)

ネタ切れ… [ひとりごと]

今回もまた、タワレコに行けなくなってしまいました。
CD10枚ほど買って記事の肥やしにするつもりが…

いや新車を買ったんです、それのローンで今回のボーナスもほぼ消えてしまいます。
当ブログとしては末端のCDをレビューしてナンボなのである意味死活問題でもあるわけです。
ましてごく一般的なできごとに触れても見てくれる人がはたしてどれだけいるのだろうか、正直こんな実のない一ブログでは力不足であります…
そんな胸中にあっても一応かたちとして残しておきます。

少し前までは休日は干物男、ゲームやらパソコンやらでヘタレヒッキーな生活っぷりだった訳です(その割にはガリガリなんですが)

このままではいかん、出会いもなければ強くも逞しくもなれないと気付いた私は二年くらい愛用していたPS3とPSPを売却(PSPは三回買って三回売ってます…)してこの間CDの軍資金に充てた訳なんですが…

それだけでは結局変わらなかった、だから方向性を変えようとして、中学時代に半年やっていた軟式テニスをかじっただけの腕で昨日、宇都宮の某テニスサークルに見学しに行きました(体験学習的なニュアンスでした)。

そしたら思った以上にへぼくてややしょげてる現在ですが、これを期に筋肉も付けて上達もできるよう精進しようと決心しております。
結構ショックです、現実ってこんなもの。
ですがせっかく半年でもやっていたので、これだけはやり遂げてみたい。今までの陰気が嘘のような、そんな感じになれたらなーと思う次第ですので、おそらく更新速度はやや低迷するかと思いますが、どうかよろしくお願いします。

今は利便で金が生まれる時代なんだろうか? [コラム的なもの]

ここ20年にかけて、金儲けの道具として操られる対象は大きく変わっていった。
ディズニーランドが出来、森永製菓が「バレンタインにはチョコを食べよう」などという何の根拠もない格言が知れ渡り、
クリスマスには高級ホテルとフランス料理で落とせみたいな男性誌の特集など、この頃では若者がビジネスの標的とされ、時代に準じていくには、それに否が応でも乗っていくしかなかった時があったように思える。

ここまではとある本から学んだ知識ではあるが、私は上記のような「イベント」は大嫌いだ。
恋人がいないとかそういった孤独感からくるものではない。
寧ろそういうイベントに異常なまでな執着を見せて媚びたり不貞腐れたりするような女性は眼中にないと断言する。

なんで聖ヴァレンティーヌス云々の時にチョコを食うのか、
なぜ冬至の祭り、イエス・キリストが生まれたぞ!というめでたい日に(カトリック教の人のみ)街が赤と白に染められケーキを食うのか、
どうしてたった一人の外人の妄想の夢物語に世の男性たちは敗れるのか、負け戦と知りながら腕を引っ張られ戦わなければならないのか考えたことがあるだろうか?

ひとくくりに無宗教国家だから、で片付けたとしたらもはやこの記事を見る必要はない。戻りなさい。
私はこの時期裕福な家庭に見られる電球飾りにイライラするのだ。























あれ、戻ってないんですかそうですか。
このなんで、という区切りにすべて女性が原因にある事はご存知だろうか。
すべてが女性を喜ばせるため「だけ」に、ごく最近になって作り上げた事である。
ディズ○ーランドはそれの典型で、自分が楽しめば楽しむだけウォルト・ディ○ニーとかいう外人の思惑にはまり、日本男児は萎縮してしまうのだ。
なぜ自分が不利になるのを分かっていて誘うのか?それは相手に気を向かせるためだろう。
しかしそれが逆に利用されているなど考えられるはずもない、一緒になってはしゃいでいる男性こそ、ミッキーたちに歓迎されるべき男性なのだろうなと思うと苦笑してしまう。
自分は高校1、3年生の時に学校行事で行ったことはあったがただただ疲れるだけだった。
キャラクターで「釣る」商法には呆れてものも言えない。

そもそも半世紀前はクリスマスよりもお正月の方がよっぽど重大な日だったのだ。
はたして今の若者はそれを知っているだろうか?

自分はただ小汚い大人に操られるのが嫌だ、という一点に尽きる。チョコレートだのケーキだのカボチャだの、私にはそれが金儲けの鱗片にしか見えなくなってしまった。
ほら、おいでおいでーなんて超スマイルで手招きしたところで果たしてその腹はどんな色だろうか?と疑い出すとキリがない。
あの着ぐるみの中の人はとんでもない顔をしているだろう。
気づいてしまった以上それに加担するのは非常に馬鹿馬鹿しく思えてきたからだ。むしろその本に出会わなかったらアホみたいに騒いでいたのかもしれない。

と、ここまでは若者が標的にされた時代で、今もなお続いているのは事実である。
これからは、主に主婦層がそのビジネスの主格に当たってきたような気がする。

私はここ2年ほど前から料理をするようになった。母が父の死後、「献立考えるのがめんどい」と言い出してからはあまり創作料理に手が伸びなくなった。つくるとしたらオムライスくらいで、後は焼く煮る炒めるという基本操作でできるインスタント系統が多い。
しかしそのおかげかだいぶ人間味が出てきたように思える。今ではやっとこ人様に食べさせる味付けくらいはできるだろうか。

そんな中、母がいきなり「ムッキー」たる商品を買ってきた。
ゴム手袋にいぼいぼの樹脂の塊がついたようなもので、はめるだけで野菜の皮が簡単に向ける、というものらしい。実際茹でたじゃがいもを剥いたとき、まるで湯葉のようにほどけてしまうのだ。こんなのでビンタされたら鮮血にペイントされるに違いない。

確かに便利だった。じゃがいもを例にすると栄養価の高い薄皮は残るので健康に若干の効果もあるんだとか。実際に使っていたからよくわかる。
しかし一部の人間が得する為に何でも便利になっていいのか、と思うようになったのもこの頃からだった。

過剰なまでに省いて削いでしまう事は、同時に何かを衰えさせてしまうのではないか。それでいいのだろうか。
例えば無情ヒゲを生やしていた茶褐色の肌の人類がヤリでマンモスを討伐していたような時代に比べると、今は噛む回数が激減していると聞く。比較的柔らかい食べ物が多くなり、すぐ蠕動できるからだ。
それに何が絡むのかというと、あまりにも咀嚼しなさすぎるので、将来歯が二本少ない人が現れるかもしれないという推測が専門家によってなされているらしい。昔テレビで見た気がする。

これは例えばだが、上記の料理を例にとってみればさしずめ「まごころ」「愛情」だろうか。自分が言うのも変な話ですが。

手作り感があるからこそ美味しくいただけるのではないのか。よく噛み締められるのではないか。そうは思いませんか?

追記:「その本」とはこの本です。

若者殺しの時代 (講談社現代新書)

若者殺しの時代 (講談社現代新書)

  • 作者: 堀井 憲一郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/04/19
  • メディア: 新書



ヴェラチーニ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタop.1 [CDれびゅ~]





曲目:
CD1:op.1-1~7
CD2:op.1-8~12

エリンコ・カサッツァ(vn)

ラ・マニフィカ・コムニタ
ロベルト・ロレジャン(cemb)
CD1:フランチェスコ・フェラリーニ(vc)
CD2:マルチェロ・スカンデッリ(vc)

おそらくはイタリア人による演奏だろうか。
だとしたら正にイタリア人によるイタリアのバロック音楽になる。

とはいっても特記する事はなく、ただ好きというこの一言に尽きる。
言い切ってしましました。

やっぱりヴェラチーニは自分の中で一番好きな作曲家だ。

9~10年前にテープに録音してあったop.1-1を知っていなければ、きっとたどり着けなかった。
なので冒頭のop1-1は今でもとても思い入れのある1曲。
最近はop.1-6やop.1-12のカプリッチョ:アレグロの方がよく聴いている。

栃木フィルハーモニー交響楽団 第40回定期公演 [コンサート記録]

IMG_0287.JPG

曲目:
フンパーディンク:歌劇「ヘンデルとグレーテル」より前奏曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第二番ハ短調op.18
この後のピアノ独奏曲は残念ながら詳細不明。。。
シューマン:交響曲第三番変ホ長調「ライン」op.97

アンコールがモーツァルト:歌劇「魔笛」序曲 K620

指揮:大浦 智弘
p:有森 博

場所:栃木市栃木文化会館大ホール

真岡市から栃木市まで愛車と共に走ってきました今回の公演。距離的、時間的には前回の宇都宮とほぼ変わりませんが、この市の間は3つほどまたいでいます。

さて今回もやってまいりました生オケの感想でございます。誰もいないので一人で。やっぱり生はいいですねえ。

最初のフンパーディンクの方は正直よく分からなかったというのが現状です。
ただしフルート奏者の音色は伸びやかでしたたかで非常に良かった。

ラフ2も非常に息の合った演奏で、ピアノの有森氏のさながら竹のような雄々しく力強く、しなやかなヴィルトゥオジティが遺憾なく発揮され、それに負けじと若き指揮者のタクトが放つ異彩がよく糾っていて素晴らしい演奏だった。
終了直後にブラボーが聞こえたのがそれをよくたたえている。

この曲だけはかろうじて予習してました。中古で買ったこれで。

ラフマニノフ:P協奏曲第2番

ラフマニノフ:P協奏曲第2番

  • アーティスト: ダグラス(バリー),ラフマニノフ,トーマス(マイケル・ティルソン),ロンドン交響楽団
  • 出版社/メーカー: BMGビクター
  • 発売日: 1993/10/21
  • メディア: CD



復習したのはこちら。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

  • アーティスト: ラン(ラン),ゲルギエフ(ワレリー),マリインスキー劇場管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2005/03/23
  • メディア: CD



続くシューマン。実はこれ目当てで今回聴きに行ったようなものだ。
というのも、以前聴いた一連の弦楽四重奏曲を聴いてからというものの、単に二流作曲家で終わるには惜しいと思っていたからだ。
「分かりにくい」作曲家であるが故に型にはまらない、ステレオタイプがあるとも言えないこの作曲家の曲を取り上げるという事はそれだけ自由性の高い表現力が期待できる。
数多のリハから連なった指揮者の想いとは一体…

実に見事だった。指揮者の深い呼吸が耳をそばたて、その瞬間、期は熟したとばかりに巻き起こる爆発力は圧巻の一言。結束も統率も非常に良い。
思想の奔流が一気になだれ込み、ひれ伏せるかのような熱情の中に滲む音楽そのものに満ちる美しさは飽きる事がなく非常に心地いいものだった。

と、ここまでにしておきたい所だが、悪い点があった。
休憩のアナウンスがない。どこにでもよくある事でしょうが。
あと観客のマナーが悪かった。以前に比べたら大ホールで、様々な人がいるのでこれは仕方ない事でもありますが。
季節柄、咳をしている人が多く、演奏途中にパンフレットをパラパラめくる人がいたり落としたり、ガムや飴の包み紙の音を出す人がいたりと非常に不快で集中出来なかった。
咳の頻度も10秒に一回とか勘弁してくれ…

入場前にも、子供ずれの若いお母さんが子供に咳するなよとか言ってましたが、マスクもハンカチもない癖に連れてくるなよと…
それに、なんで幼稚園児みたいなのもいるんだか理解できなかった。
残念ながら、前回の、やや身内や付き合いで来ている人が多かった宇都宮soの時に比べたら酷かった。レベルが低く思えてしまったのは残念です。

因みに私は(周りがどう捉えているか知りませんが)ここがN響定期公演でもいいくらい静粛としています。聴きたくて金払って来てる訳ですし、ハンカチも持参してますし、もちろん飴やガムも食べません。付き合いで来ている人とは気概が違います、と思いたい。
私は沈黙すら音なのだ、というその意味をいつか熟知したい。その一心なんですが周りがねぇ…

観客さえ静かであれば名演と成り得たのに…というのが今回の総合的な評価ですね。来年のプログラムがどうなるのか非常に楽しみです。

PS:アンケートを書けるだけ書いて、ホールから出てきたときに指揮者の大浦さんが会場内でお礼の言葉を述べていました。
その際「すみません、お幾つなんですか?」と聞いたら「32です」と真摯に答えていただきました。ありがとうございます。
「通りで若い演奏が出来る訳だ」と言った後、苦笑しておりましたが。

自分より若い人に(つーか、それに気付いたかどうかは知りません)そう言われてどう感じたのか私には理解しかねます(笑)
そもそも若い演奏って何なのか?いい意味なのか悪い意味かによって答えもまた違くなりますが、皆様はどう捉えるでしょうか?
前の10件 | -
気になる点がございましたらこちらまで→best_of_classic@hotmail.co.jp
メッセージを送る